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Kaz3

Author:Kaz3
1955年3月生まれ
(A型/魚座)
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一冊の古い卒業アルバムに見た、太平洋戦争目前の時代……

 出身校の秋田工業高校(通称、秋工=あきこう)東京同窓会(東京秋工会という)の幹事をしている。仕事柄の関係もあって、その中での私の大きな役割は年一回発行している会報の制作。
 たかが同窓会の会報……と言うなかれ……。もちろんいろいろ分担してやっているのだが、なにせ50ページ前後あるボリューム、原稿集めや賛助広告のお願い……等々、けっこう大変なのだ。

▼ 東京秋工会会報(ちょっと紹介……)/今年発行されるもので23号になる
150301_会報金砂


 今年も会報の準備に取り掛かる時期になり、先月1回目の打合せがあった。その折、今号の参考資料にと会長のM先輩から一冊の卒業アルバムが私に手渡された。
 その卒業アルバムは昭和13年3月に秋工の機械科を卒業された大先輩(故人)が所有されていたもので、ご子息が遺品整理をした時にたまたま見つけ、何かの役に立てばと提供いただいた、とのことだった。

 昨年、創立110周年を迎えた母校の歴史をまとめた記事を書くため、参考に数人の方々の卒業アルバムを拝見する機会があったが、その際拝見したのは一番古いのでも昭和30年代前半のものだった。
 自分が卒業した昭和48年より古い昔の母校の様子などに多少興味は覚えることはあったが、極端な違和感を覚えるようなことはなかった。
 しかしながら今回拝見した昭和13年の卒業アルバムは明らかに違った、ちょっと衝撃的でもあった。これは非常に貴重な資料なのではないか、と、同時に、できれば一人でも多くの人に見てもらうべきものなのかもしれない、と思った。

 そんなわけで、全ページをスキャン。担当の先輩に頼んで同窓会(東京秋工会)のホームページにはすでにアップ済みだが、自分としても……の思いがあって、このブログにもアップすることにした。

 以下、わが同窓会とは関係のない人でも何かを感じていただけるのではないか……と思えるいくつかを、私の(余計かもしれない)感想を交えて紹介したい。




▼ 左:表紙(表装)/右:中表紙
150303_表紙と中表紙

 右の中表紙……。今とは左右逆の横書き表記がいかにも昔を感じさせる。が、戦前を舞台にしたテレビドラマなどを見慣れているせいか、これにはそれほどの違和は感じなかった。
 左の表紙を最初に目にした時、あれ?ということがあった。それは表示されている“2598”という数字。縦型・横型の違いや綴じ方の左右違いはともあれ、戦後の卒業アルバムは、校章は同じ……だが、この位置にあるのは卒業した年の西暦年。

▼ 左:昭和34年の卒業アルバム/右:昭和48年の卒業アルバム(私のもの)
150302_昭和アルバム

 後にこの“2598”なる数字は“皇紀”(皇暦ともいう=神武天皇即位を紀元とする紀年法)を著しているのだということが分かった。ちなみに今年は、皇紀2675年にあたる。
 戦後に生まれ育ってきた我々にとって、暦といえば西暦と元号での昭和○○年、平成○○年という表記があたり前で常識。皇紀で著すなどという感覚は皆無だ。
 これが、“皇紀”を著しているのだと気づかされた時は、少しばかり不思議な思いになった。

 中表紙をめくる。まず真っ赤な和紙に書かれた(印刷されたものだろう)君が代の頁がある。続いて昭和天皇・皇后両陛下の和歌と思しき短冊と秋田市にある三吉神社の写真が掲載された頁があった。

▼ 左:君が代の頁/右:天皇・皇后両陛下の和歌と三吉神社(秋田市にある)掲載の頁
150304_和歌と君が代

 表紙に“皇紀年数”の表記があってこれ。戦前から戦中にかけての日本では教育の中に「皇國日本」「神國日本」の史観・思想が義務的に組み込まれていたということは、多少なりと知ってはいたが、こうしたもの(卒業アルバム)からその一端を伺えるとは……だった。

 この後は、校歌や母校、校長、教員、クラス全員の写真、授業やクラブ活動などの様子……等々、卒業アルバムらしい内容になる。が、その中の数点にはいかにもこの時代を象徴している写真が含まれていて、私にはとても衝撃的だった。

 その数点をピックアップしてみる。

▼ 左:校旗と校歌の頁/右:軍服姿のある教員写真
150305_校旗と軍服教員

 左は校旗と校歌が掲載されている頁。パッと見では気づかなかったが、校旗を支えるように3本の歩兵銃があることに後で気づいた。母校を守るような概念が込められていたのだろうか?
 右は普通科の教員(先生)たちの写真が掲載されている頁。専門教科と事務方の教員が写っている頁にはいなかったが、ここには軍服姿の教員の方が写っている。
 こういう方々は普通科目としてどういうことを教えていたのだろうか? 想像はできるが……。

 アルバムを拝見した中でもっとも衝撃を覚えたのは次の写真かもしれない。

▼ クラス全員の集合写真
150306_全員写真

 学生服に学帽という学生らしい姿に兵隊装備を着け、足にはゲートル、手に銃剣付歩兵銃を持って勢揃い。軍服姿の教員は担任だろうか。その横の方はおそらくクラスの委員長なのだろう、一人だけ銃ではなく剣を抱えている。
 後には大砲……。これが卒業アルバムのクラス集合写真とは……。

 以下の写真も……だ。

▼ 軍事教練の様子(左右共)
150307_軍事教練

 左はおそらく校内での教練の様子、右は他校も含めた合同教練の時のものらしい。頭では分かっても、戦後生まれ戦後育ちで戦争は絶対すべきではないという教育しか受けていない者にはとても理解しかねる数々の写真……。
 特に左下の学校内に置かれていた銃器庫(室)の写真からは、母校にかつてこんな場所が設けられていたとは……という驚きとともに、ある種の恐さようなものを感じさせる。

 学校においてこういう教練がなされていた昭和13年辺りの世況というものが感じられる写真もあった。

▼ 当時の世況を著した頁(左右共)
150308_当時の世況

 軍政下の必ずしも正しく報道されていたのか分らない戦勝のニュースに沸く世況(左)。おそらくは軍事産業主体だったであろう工業界の担い手を排出する場所として期待されていた当時の母校の様子(右)。
 この後の日本が辿る歴史を知る者にしてみれば、これはかりそめの活況であり景気……ということになるが、その真只中にいた者にとっては、未来に希望が持てるこの時、だったのかもしれない。

 当時の秋工は、実業学校(工業学校)に分類され、尋常小学校(現在でいうところの小学校)卒で有資格、入学後の修業年数は5年だったと聞く。ということは、この卒業アルバムの方々は、昭和13年卒業の時点で17才だったことになる。
 このアルバム発行3年後の昭和16年、日本は太平洋戦争に突入する。戦勝の活況に沸いた日中戦争の時とは違い、日本はどんどん敗戦への道を進むことになる。
 このアルバムに載っている方々はちょうど20歳の時。希望に燃えて社会に出てこれから……という時に戦争が始まったことになる。ほとんどの方(全員かもしれない)がおそらくは否応無しに戦地へと行かされたことだろう。

 ここでの掲載は差し控えるが、このアルバムの後半に47名の方個々の顔写真が載っている。また2004年(平成16年)発行の同窓会名簿を見ると、昭和13年機械科卒業の方で、この時点で生存されている方は、47名中14名。物故者の内の何人の方が、終戦を迎えず亡くなってしまったのか……などと、ついつい思ってしまう。

 アルバムの中の別の頁を少し紹介する。

▼ 左:勉強中の様子/右:グループに分かれての記念写真
150309_授業の様子と

 左の勉強の様子だけを見る限り、私が秋工生だった時代との違いはそれほど極端に感じない。右の珍しい彩色写真に写る姿も、着衣に時代を感じさせはするが、私のアルバムの中にも似たような……という感じだ。
 こういう写真があって、先の戦時色溢れる写真もある、というのが何とも……。

 過去、親や親の世代、戦争の時代を過ごした先輩たちの話に接する機会がけっこう多く、頭では分かっていたつもりだった。このアルバムを拝見し、母校秋工にもそういう時代が確かにあったことの実感とともに、戦争がもたらす何がしかの矛盾、恐さ、悲哀のようなものを改めて感じさせられた。


 最後にこのアルバムにあった、母校自慢できる写真をちょっと掲載。

▼ 体操部全国大会初制覇紹介の頁(左右共)
150310_体操部全国優勝他

 我が母校の秋工は、ラグビー全国大会最多出場・最多優勝の古豪校として知られているが、戦前から戦後にかけての一時代、体操競技の強豪校としても知られていたと聞く。
 上は、昭和12年の體操(体操/昔はをこの字も使っていたらしい)競技全国大会初優勝のことを紹介している頁。よほど嬉しいことだったのだろう。昭和9年にすでに全国大会で初優勝を果たしていたラグビー部よりも、体操部のことが多めに紹介されている。
 ローマ、東京オリンピックの体操競技金メダリスト 遠藤幸雄さん(故人/平成21年逝去) は秋工出身。遠藤さんとの個人的な思い出が私にはたくさんある。いつかこのブログで紹介してみたい。



 卒業アルバムは、その時代時代を感じられる貴重な資料であることを今回改めて実感した。母校のこれからの時代の後輩諸君に母校の長い歴史や二度と来てはいけない戦争のような時代を感じてもらう意味では、さまざまな年代の卒業アルバムをホームページなどで公開するのも必要なのかもしれないように思う。

 私には左翼思想や右翼思想に傾倒するような感覚はない。ただ、母校に銃器庫を置き、生徒に兵隊の格好をさせ、銃を持たせなければならないような時代に絶対してはいけないと強く思う。


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