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Kaz3

Author:Kaz3
1955年3月生まれ
(A型/魚座)
自称ロマンチスト

今さらながらの出会い、
発見、気づき、等々
浪漫的あれこれを
楽しんでいる。

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春・第一幕……に、見たくなる景色

 Spring has come. この英文を教えられたのは中学一年くらいだったか……。
 Summer、Autumn、 Winter、他のどの季節の単語を入れても成り立つわけではあるが、どうも、Spring has come. というのが一番しっくりする。そんな風に感じるのは私だけ……か?

 一番好きな季節は? と問われれば、私は、秋、と答えるだろうけれども、そういう選別的な好みとは別な、特別なものを感じさせてくれるのが、春という季節。それはおそらく、雪国秋田で過ごした子どもの頃の記憶から来るものだろう。
 巡る季節の中で、待ちわびる、や、待ち遠しい、というのを一番思わせるのが春。余計な言葉はいらず、ただ一言、春が来た!= Spring has come! と、心から叫んで嬉しがれる季節、それが春……という感じだ。

 3月の後半から4月初旬にかけての頃、春景色は最初の旬、第一幕の見どころを迎える。

 この時期ならでは、の、見たくなる景色、がある。 今年も足を向けてみた。


2003_ph00Bar.jpg

 私の住む、西武池袋線ひばりケ丘駅近郊の地域は、東京都心の桜の開花より1日ほど遅いようだ。その開花宣言から5日ほど過ぎた日、近所の農家の家先にある枝垂れ桜がみごとに満開なのを目にした。

<近所の農家の枝垂れ桜/’14.3.30>
2003_ph01枝垂れ桜

 この枝垂れ桜は近辺のソメイヨシノよりも何日か早く満開になる。だからまだ少し早いか? とは思いつつ、毎年見に行っている場所の桜のことが気になった。

 翌日の午後、昨日と打って変わっての上天気に気持ちが高まり、ちょっと行ってみることにした。

 行き先は自宅から1.5kmほどにある、武蔵野変電所。春らしくなったこの辺りの景色をゆっくり見て歩いて来ても、せいぜい1時間ちょっとだ。

 途中、小学校の回りやよそのお宅の庭の桜を目にしたが、まだ7分咲程度。

 着いてみると、やはり……ちょっと早かった。

<武蔵野変電所の桜/’14.3.31>
2003_ph02変電所桜01
2003_ph03変電所桜02

 西東京市と練馬区(東京都)、それに新座市(埼玉県)の境が複雑に隣接している辺りにある武蔵野変電所。
 ここは「鉄塔 武蔵野線」という小説の舞台の一つで、送電鉄塔マニア(という方たちがいるそうだ)にとっては、ある種の聖地のような場所、なのだそうだ。

 敷地内に入ることはできないが、フェンス越しに見ることができる、見事な桜の古木が十数本。知る人ぞ知る……の、地元の人にとっての、桜の名所だ。

 今年は満開にうまくタイミングを合わせられなかった。この5日後の土曜にもカミさんと来てみたが、その時はもう散り始めていた。残念。

<昨年の満開時/’13.3.28>
2003_ph04変電所桜昨年

 変電所裏も見どころの一つ。今年は菜の花がとても印象的。

<変電所裏手の畑地風景/’14.3.31>
2003_ph05変電所裏01
2003_ph06変電所裏02

 去年はこれほど多くなかった。一昨年は多かった。どうやら1年おき、ということらしい。

 旅愁……いや郷愁という方が自分的には正解。ここはいつ来ても良い風情を見せてくれる。

<畑地と農家の春景色/’14.3.31>
2003_ph07変電所裏農家01
2003_ph08変電所裏農家02
2003_ph09変電所裏畑地

 都心からさほど遠くないこの辺り。仕方のないことではあるけれど、農地、畑地はどんどん少なくなっている。この春景色に触れるたび、来年も見られるのだろうか? と、思わずにはいられない。


2003_ph00Bar.jpg

 ひばりケ丘の沿線、西武池袋線 練馬高野台駅の横を流れる石神井川沿いも、この時期には必ず行ってみたくなる場所。

 4月6日。桜の満開は2〜3日前だったのは知っていたが、ともあれ見に行こうと、カミさんと出かけた。
 練馬高野台駅へはもちろん電車。練馬高野台駅からは石神井川上流方向にある石神井公園へ向かって歩く、というのがいつもの行き方と歩き方なのだが、この日は田無で午前中にカミさんの姉上と会ってから、というのがあったので、まったく違う形になった。

 田無から電車(西武新宿線)で上井草。石神井公園駅行きのバスに乗り、石神井公園近くの禅乗院というバス停で下車。そこから歩いて石神井川へ。

 石神井川に架かる山下橋辺りをスタート地点に、川の下流方向にある練馬高野台駅に向かう。

<山下橋/’14.4.6>
2003_ph10石神井川山下橋

 まずは山下橋から下流方向を眺めてみた。
 桜は2〜3分散り、という感じだが、川沿いの両側にまっすぐ植えられている桜の木の多さで、まだまだ……と思わせる景色を見せてくれていた。

<山下橋から下流方向/’14.4.6>
2003_ph11石神井川桜01

 この桜の連なりは、笹目通り手前の平成みあい橋という橋まで、およそ600m続く。

<山下橋→平成みあい橋/’14.4.6>
2003_ph12石神井川桜02
2003_ph13石神井川桜03
2003_ph14石神井川桜04

 お花見には最後のチャンスの日曜、ということがあってだろう、この日はそれなりの人出。

 ここに来たら、平成みあい橋から見る上流側景色は、絶対にはずせない。

<平成みあい橋から見る上流側景色/’14.4.6>
2003_ph15石神井川桜05

 いつの時期に来てもこの景色にはちょっとした感動を覚えるが、桜の花が咲いているこの時期は格別。人工的に造られた景色(?)でこういう思いを持たせてくれる場所は、そうはない。

 平成みあい橋の脇に山吹が群生している。

<平成みあい橋脇の山吹群生と桜のコラボ景色/’14.4.6>
2003_ph16石神井川桜と山吹

 この山吹の群生に気がついたのは去年。この山吹と桜がコラボしている様が強く印象に残り、柄にもなく短歌まがいのものを作ったりしたのだった。

<桜と山吹のコラボから浮かんだ歌(短歌)/写真=’14.4.6>
2003_ph17春がゆえ

 桜の花の期間は短い。だから春のこの時期はどうしても桜の花に強く気持ちが向くが、山吹をはじめ、菜の花、タンポポ、といった黄色い花たちも、同じように春を象徴する花なのだから、そのことも強く意に留めて春を愛でる(楽しむ)ようにしよう。

 この歌(短歌)で著したかった思いはそんなところだ……が、今改めて見ると……もうちょっと、かな?


 先に話を進める。

 平成みあい橋を過ぎ、笹目通りを渡ると、石神井川は別な様相となり、桜の連なりは先ほどまでとは違う景色を見せる。

 笹目通りの橋から練馬高野台駅横の薬師堂橋まではおよそ300m。その中間にある橋から、石神井川に覆い被さるように咲く桜を眺める、というのがこのエリアのお薦めだが、去年見た満開の時に比べると、やはりちょっと物足りない感じ。

<笹目通り→薬師堂橋の間にある橋から下流方向/’14.4.6>
2003_ph19石神井川桜06

<昨年満開時、上の写真と同じ位置からの景色/’13.3.29>
2003_ph20石神井川桜去年

 この辺りは両側が遊歩道。桜のトンネルを歩く、という感じ。どちらかというと下流向き右側が良い感じだ。

 薬師堂橋近く、所々にある柳の若葉が桜の間から垂れ下がり、ちょっと面白い風情。

<桜のトンネルに垂れ下がる柳の若葉/’14.4.6>
2003_ph21石神井川桜と柳新緑

 途中休まずゆっくり歩いて、山下橋から25分ほど。練馬高野台駅横の薬師堂橋に着く。

<薬師堂橋/’14.4.6>
2003_ph22石神井川薬師堂橋

 満開時に比べ、ちょっとの物足りなさはあったが、それなりの満喫感。

 石神井川沿いは、東京都が整備している“武蔵野の路”のコースになっている。渋谷に通勤している頃、薬師堂橋から先を整備工事している様子を電車からよく目にしていた。
 あれからだいぶ時が過ぎ、その頃に植樹された桜は見事なものに育っている。

<薬師堂橋から先の下流方向/’14.4.6>
2003_ph23薬師堂橋先

 来年の桜の頃は、この先にある豊島園辺りをスタート点にして、石神井川沿いをこちらに向かって歩いてみるのも悪くないかもしれない。


2003_ph00Bar.jpg

 春のお楽しみ、といえば、お花見とコールデンウィーク。
 ちょっと無理矢理かもしれないが、春という季節を舞台に例えるならば、お花見の期間の辺りは春第一幕の、ゴールデンウィークの辺りは春の第二幕の盛り上がりの部分、というところ。
 お花見が終わり、桜の花が散った少し後の4月半ばは、言うなれば幕間の休憩時間、舞台では次の幕を開けるための準備中というところだろうか……。

 第一幕の主役は桜の花、では、第二幕は……?

 自宅から20mほどの所に雑木林がある。
 桜の花が満開だった4月の初め、木々はまだうっすらとした芽吹きが感じられる程度だった。

<うっすら芽吹いた雑木林/’14.4.4>
2003_ph24雑木林4/4

 それからわずか11日後、雑木林の木々の葉は急激に成長し、清清しい黄緑の若葉でいっぱい、になっていた。

<黄緑若葉の雑木林/’14.4.15>
2003_ph25雑木林4/15

 桜の花が散ったらそれを合図に一斉に葉を伸ばす……何かそういう決まりごとがあるかのよう……いや、あるのだろう。

 そんな移り変りの様を眺めて感じた思いを、性懲りもなく歌(短歌)にしてみた。

<春二幕へ……/写真=’14.4.15>
2003_ph26春の二幕


 5月の季語、時節を著す代表的な言葉は、新緑。
 もうすぐ始まる春第二幕のゴールデンウィーク。その主役は、新緑、ということ……か?

 と、まあ、そんなことをイメージしながら、まだしばらく続く春を眺めるのも一興……と思う。


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テーマ:雑記
ジャンル:その他

永遠の存在になった …… 親友I

 リ・スタート2回目の記事。
 これにしていいのか……迷った、が、やはり書くことにする。



 3月17日夜9時過ぎ、珍しく携帯が鳴った。発信元表示は友人Iの奥さんのKさん。ちょっと胸騒ぎがした。
 携帯に出ると、いつものKさんらしい口調で「夜分遅くごめんなさい……」と話し出したが、急に涙声に変わり、「Iさんね、今朝亡くなったの」と言った。
 思わず「ええ〜!」と大声を上げてしまった。その後何を話したのか……。「とにかく明日そちらに行くから」とKさんに言って携帯を切った。

 ちょっと間を置き、共通の友人であるAに連絡しなければと、携帯を手にした。画面に着信アリのマーク。Aからだ。Kさんと話をしている間に入っていたらしい。
 Aに電話した。Aは先週Iの見舞いに行って言葉を交わしたばかりで「信じられない」と。それは私も……だ。「今週見舞いに行く」とKさん経由で伝えていたのだから。
 Aも明日Iの家に行くと言う。「じゃあ午前中」ということで携帯を切った。

 Iのことはカミさんももちろんよく知っている。私の心中を察したのか、あまり余計なことを口にしないでくれた。何か呆然とし、妙に心臓がドキドキする感じになり、いつもより寝る時間が遅くなった。

 翌日、どうでもいい?ことなのに、何を着ていくかやたら迷った。家を出て、すぐ忘れ物に気づいて戻った。それを3回繰り返した。忘れ物をし易い私だが、ここまで出掛けにもたもたするのは滅多にない。
 正直、親友の死に顔など見たくなかった。反面、すぐ行ってやらなきゃ、の気持ちも強かった。そんな相反する気持ちのぶつかり合いが、ひどいドジをさせたのかもしれない。

 久しぶりだったこともあるが、途中迷ったりして、ここでも余計な時間を費やし、ようやく、と言ってもいいかもしれない感じで、Iの家に着いた。
 少し手前にあるチャイムのボタンを押すのを忘れ、ドアをノック。ドアを開けてくれたのが、Iの一人娘Mちゃんだと、すぐに気がつかなかった。
 家の中にお邪魔し、Iが眠っているリビングへ。ちょうど近所の人が弔問に来ていた。それが終わるとIのそばへ。
 思わず口から「早過ぎるぞ、このバカ」の言葉が出てしまった。
 髪に軽く触れてみた。柔らかだった。安らかな顔をしていた。「苦しまずに逝った」とKさんが言っていた。その一言に少し安堵を覚えた。
 線香に火をつけ、手を合わせた。昨日からの呆然とした感じがようやく収まった感じがした。

 30分ほど後に、Aと奥さんのTさんがやって来た。Aは秦野に住んでいる。Iの自宅の狭山までは車で3時間くらい係るそうだが、駆け付けずにはいられなかったろうと思う。

 少し落ち着いた後、一人娘のMちゃんから、葬儀で流す曲を選んでくれと頼まれた。
 Iはロック系の音楽が好きだった。特に70年代のプログレッシブ系ロックとアメリカウェストコースト系ロックが好きだったはずだ。プログレ系はAに任せ、私はウェストコースト系から選ぶことにした。
 Aはムーディーブルースから1曲決めた。入院中、Iはウォークマンでよく音楽を聴いていたようだが、そのウォークマンに最後に入れていたのが、ムーディーブルースのCDだったとのことだ。
 私は、イーグルスの曲を2曲。20代前半の頃、確か彼とあと何人かと一緒に、イーグルスの武道館ライブに行った記憶がある。その時のことをなにげに思い出しながら選んだ。
 「ロックを葬儀の曲にするなんて……」と言って微笑んだKさんを見て、お役に立てた感じでちょっと嬉しかった。そばで眠っているIはどう思ったか……? ひょっとしたら苦笑い、かも……だ。

 Kさんが昼食を頼んでくれた。せっかくのご好意に甘えることにし、皆で昼食を一緒にした。Kさんの母上も交え、Iのことを中心にあれこれ。ちょっとだけだが、ほっとする時間が作れたように思える。


 3月21日に通夜。翌22日に告別式が行なわれた。
 Iの自宅での納棺。通夜、告別式は受付として。斎場での火葬から初七日法要まで。Aと共に葬儀の全てに立ち会わせてもらった。疲れはしたが、ありがたく思えた。

 葬儀では受付をさせてもらったせいもあって、ずいぶん懐かしい顔ぶれに会えた。Iの人徳なのだろう。

 通夜の後、A夫婦には私の自宅に泊まってもらった。Aとゆっくり話ができたのは何年ぶりだろうか……? これはIのおかげと言ってもいい。
 Aとはこれからゆっくりと旧交を温めていきたいと思う。


 葬儀から3週間。いつもと同じ毎日に戻ったが、Iがこの世にいなくなった事実と、彼との40年超のつきあいでの思い出が、時折脳裏を過る。
 Iとの思い出はあまりに多く、とても今ここで書き切れるものではない。だからこのブログを続けていく中で、Iには時々話の中に登場してもらうことにしようと思う。


 Iに送る短歌が浮かんだ。

2002_ph01短歌

 ど素人の短歌でお恥ずかしい限りだが、口に出しては言い難い思いも、こういう形に表現すると、案外素直に出せる。
 Iは私がこういうのをするようになったことを知らない。だが、ロマンチストだったはずのIだから、こういうのも嫌いではないと思う。

 Iを知る皆にとって、Iは永遠の存在として心に残っていく。

引っ越し……リ・スタート

 一年半ほど前から始めた<浪漫見聞雑記>というタイトルのブログ。
 スタートしたのは、こことは違うサイトだったが、プロバイダーの都合で、ブログサービスが6月で終了するとのこと。しからば、ということで、早めに見切りをつけ、こちらへ引っ越し。
 以前の記事をどうするか……迷ったが、心機一転、一から再スタートすることにした。
 気に入っていた記事は、いずれ少し手を入れて再掲載するつもり。

001_bar

 来年私は満60才。「数え61才」となり、いわゆる還暦となる。
 まだ実感は薄いが、あと30年? 20年? それとも10年? てな具合に、残りの時間というものを意識すべき年になった、ということかもしれない。

 思うに、人間長く生きていれば人それぞれに種類や内容に違いはあっても、いろいろな思い出、それにノウハウやスキル的なものを含めた知識等々、頭(脳)の中には相当量相当数の記憶が蓄積されているはずである。
 以前ネットで記憶と脳についてのあれこれを検索してみる機会があった。
 人間の脳が持つ記憶容量をコンピュータなどで使われる容量単位でもって著すと、大脳皮質という部位だけでなんと、140TB(テラ・ビット)という膨大な容量になるそうである。
 見方を変えれば、脳の記憶容量にも限界がある、とも言えるのだけれど、おそらく自分のような凡人は一生かけてもこの数分の一、いや数十分の一程度しか使えないのかもしれない、と思えるとてつもない容量だ。

 記憶というのは、その一つ一つに何がしかの正負があって、良い思い出ばかりあるわけではなく、得てきた知識が全て正しいというわけでも、身に付いたいろいろが必ずしも今に役に立っているわけでもない。それでも、振り返ることのできる(振り返りたくなる)過去の記憶というのはそれぞれの人にとっての大切な“財産”であると思う。また、過去の記憶が起因となって、思いに浸ったり、懐かしんだり、といったある種の楽しさのようなものを感じることができるのは、多くの記憶が蓄積できている者に許された“特権”のようなものだと言える気がする。

 そういう、せっかく蓄積できている記憶というやつを、ただそのまま放っておく、というのは、何やらとてももったいない。だから……自分の記憶というやつを自分のための楽しみ事にしてみる、というのも、あり、と思うのだ。

 世の賢明な方々は若い時からの日記やメモなどの記録を大切に残していて、後年、そういうものを活かし、自分史や回顧録といったものを書いたりする、ということをよく耳にする。別な見方で言えば、(過去の)記憶を楽しむ、ということをわかっている人が、大勢いらっしゃるというということだ。

 自分史や回顧録というのとはちょっと違うが、近年私も、自分の記憶に関する何かを書きたいと、強く思うようになった。
 それで始めてみたのが、この<浪漫見聞雑記>というブログ、というわけである。

001_bar

 ブログのタイトルに付けた“浪漫”は私の好きな言葉の一つ。付け加えておくと、好きなのは、カタカナの“ロマン”ではなく、漢字の“浪漫”。これにはちょっとこだわりたい。

 前に“浪漫”の意味をネットや辞書などで調べた際、こんなことが分かった。
 「現代の日本語のロマンは、英語のロマンチック(romantic)とロマンチシズム(romanticism)の意味をあわせ持つ言葉<●ロマンチック=空想的・情緒的または情熱的であるさま ●ロマンチシズム=空想的で情緒・感傷を好む精神的傾向 (岩波国語辞典より)>」
 「漢字で書かれる<浪漫>はフランス語の<roman>を音読漢字で当て字したもの、考案者は明治時代の文豪・夏目漱石」

 元々の“ロマン(roman)”はフランス語。直訳的には、小説一般、を意味するらしいが、今の日本語解釈はもっと広義的な概念を持つ言葉になっているわけで、外来語であることを著すカタカナの“ロマン”とは別物として扱うべきだろう。
 何せ、明治の大文豪である夏目漱石がわざわざ考案した(言葉遊びで語呂合わせしただけとも言われているが)というのだから、なおさらである。

 “浪漫”はある種の感覚的な言葉になっている。具体的な実体を伴うものではないためか、辞書などで調べても、その書かれ方は案外に曖昧で抽象的、解釈や表現のされ方がいろいろあり過ぎて、もう一つピンと来る感じになれない。
 で、私は自分なりに「小説や物語のようなイメージ(ストーリー)を思い立たせること」というように解釈している。

 何かをしようとしたり何かをする、あるいは、何かに惹かれた、というようなことがあると、人はそのことに対してさまざまな思いを持つ。その思いは、同様のことが数多く繰り返されると、都度の重なりによってボリュームを持つようになる。またその思いは、学びや気づきなどによって別の何かに繋がることでボリュームを持つこともある。

 たとえば「花」を基本に置いてみる。最初は「赤い花を見てきれいだと思った」という思いだったとする。次に同じ花でも黄色い花を見て、「赤い花もきれいだが、黄色い花の方がきれいに思う」となるかもしれない。その次には青い花だったとして、「青い花と赤い花も悪くないが、やはり黄色い花が良い」と思ったり……。

 思いは順にボリュームを持っていく。で、より内容の濃いもの、いうなれば、ストーリー(物語的なもの)のあるもの、に変わっていく。
 このストーリー(物語的なもの)こそが、“浪漫”なのだ、と私は思っている。

 「何を浪漫と感じ、何から浪漫を感じ取るかは人それぞれ。あくまでも個々の感性で感じ取るもの」 “浪漫”というのはそういうものであるとも思う。

 ブログのタイトルに“浪漫”を置いたのは、その概念の広義さ。
 根底にある、記憶を楽しむ、というのをやっていくにしても、私の頭の中は非常に雑多。狭いカテゴリーでまとめるのは無理。だから散漫にいろいろと書いていきたい。
 そういう意味で、“浪漫”という言葉の持つ広義さはうってつけで好都合なのだ。

001_bar

 肉体は衰える。これはある程度覚悟する。が、人間の脳は基本的に老いない、そうである。高齢になっていくことをネガティブに考えないようにする上で、これは何やらの救いである。

 “記憶”というのにある種のこだわりを持とうとしているのには、実はこれもある。

 好きな言葉である“浪漫”というオブラートに、“記憶”へのこだわりという薬を包む。ブログを綴ることは、それを飲む、ということになるだろうか。
 飲み続ける=綴り続ける限り、少なくとも脳の衰えは回避できる……んなわけもないだろうが、多少の効果はある、と思うことにしよう。

 いろいろな思いを込めて、<浪漫見聞雑記>、リ・スタートである。

テーマ:楽しく生きる
ジャンル:ライフ

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