プロフィール

Kaz3

Author:Kaz3
1955年3月生まれ
(A型/魚座)
自称ロマンチスト

今さらながらの出会い、
発見、気づき、等々
浪漫的あれこれを
楽しんでいる。

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永遠の存在になった …… 親友I

 リ・スタート2回目の記事。
 これにしていいのか……迷った、が、やはり書くことにする。



 3月17日夜9時過ぎ、珍しく携帯が鳴った。発信元表示は友人Iの奥さんのKさん。ちょっと胸騒ぎがした。
 携帯に出ると、いつものKさんらしい口調で「夜分遅くごめんなさい……」と話し出したが、急に涙声に変わり、「Iさんね、今朝亡くなったの」と言った。
 思わず「ええ〜!」と大声を上げてしまった。その後何を話したのか……。「とにかく明日そちらに行くから」とKさんに言って携帯を切った。

 ちょっと間を置き、共通の友人であるAに連絡しなければと、携帯を手にした。画面に着信アリのマーク。Aからだ。Kさんと話をしている間に入っていたらしい。
 Aに電話した。Aは先週Iの見舞いに行って言葉を交わしたばかりで「信じられない」と。それは私も……だ。「今週見舞いに行く」とKさん経由で伝えていたのだから。
 Aも明日Iの家に行くと言う。「じゃあ午前中」ということで携帯を切った。

 Iのことはカミさんももちろんよく知っている。私の心中を察したのか、あまり余計なことを口にしないでくれた。何か呆然とし、妙に心臓がドキドキする感じになり、いつもより寝る時間が遅くなった。

 翌日、どうでもいい?ことなのに、何を着ていくかやたら迷った。家を出て、すぐ忘れ物に気づいて戻った。それを3回繰り返した。忘れ物をし易い私だが、ここまで出掛けにもたもたするのは滅多にない。
 正直、親友の死に顔など見たくなかった。反面、すぐ行ってやらなきゃ、の気持ちも強かった。そんな相反する気持ちのぶつかり合いが、ひどいドジをさせたのかもしれない。

 久しぶりだったこともあるが、途中迷ったりして、ここでも余計な時間を費やし、ようやく、と言ってもいいかもしれない感じで、Iの家に着いた。
 少し手前にあるチャイムのボタンを押すのを忘れ、ドアをノック。ドアを開けてくれたのが、Iの一人娘Mちゃんだと、すぐに気がつかなかった。
 家の中にお邪魔し、Iが眠っているリビングへ。ちょうど近所の人が弔問に来ていた。それが終わるとIのそばへ。
 思わず口から「早過ぎるぞ、このバカ」の言葉が出てしまった。
 髪に軽く触れてみた。柔らかだった。安らかな顔をしていた。「苦しまずに逝った」とKさんが言っていた。その一言に少し安堵を覚えた。
 線香に火をつけ、手を合わせた。昨日からの呆然とした感じがようやく収まった感じがした。

 30分ほど後に、Aと奥さんのTさんがやって来た。Aは秦野に住んでいる。Iの自宅の狭山までは車で3時間くらい係るそうだが、駆け付けずにはいられなかったろうと思う。

 少し落ち着いた後、一人娘のMちゃんから、葬儀で流す曲を選んでくれと頼まれた。
 Iはロック系の音楽が好きだった。特に70年代のプログレッシブ系ロックとアメリカウェストコースト系ロックが好きだったはずだ。プログレ系はAに任せ、私はウェストコースト系から選ぶことにした。
 Aはムーディーブルースから1曲決めた。入院中、Iはウォークマンでよく音楽を聴いていたようだが、そのウォークマンに最後に入れていたのが、ムーディーブルースのCDだったとのことだ。
 私は、イーグルスの曲を2曲。20代前半の頃、確か彼とあと何人かと一緒に、イーグルスの武道館ライブに行った記憶がある。その時のことをなにげに思い出しながら選んだ。
 「ロックを葬儀の曲にするなんて……」と言って微笑んだKさんを見て、お役に立てた感じでちょっと嬉しかった。そばで眠っているIはどう思ったか……? ひょっとしたら苦笑い、かも……だ。

 Kさんが昼食を頼んでくれた。せっかくのご好意に甘えることにし、皆で昼食を一緒にした。Kさんの母上も交え、Iのことを中心にあれこれ。ちょっとだけだが、ほっとする時間が作れたように思える。


 3月21日に通夜。翌22日に告別式が行なわれた。
 Iの自宅での納棺。通夜、告別式は受付として。斎場での火葬から初七日法要まで。Aと共に葬儀の全てに立ち会わせてもらった。疲れはしたが、ありがたく思えた。

 葬儀では受付をさせてもらったせいもあって、ずいぶん懐かしい顔ぶれに会えた。Iの人徳なのだろう。

 通夜の後、A夫婦には私の自宅に泊まってもらった。Aとゆっくり話ができたのは何年ぶりだろうか……? これはIのおかげと言ってもいい。
 Aとはこれからゆっくりと旧交を温めていきたいと思う。


 葬儀から3週間。いつもと同じ毎日に戻ったが、Iがこの世にいなくなった事実と、彼との40年超のつきあいでの思い出が、時折脳裏を過る。
 Iとの思い出はあまりに多く、とても今ここで書き切れるものではない。だからこのブログを続けていく中で、Iには時々話の中に登場してもらうことにしようと思う。


 Iに送る短歌が浮かんだ。

2002_ph01短歌

 ど素人の短歌でお恥ずかしい限りだが、口に出しては言い難い思いも、こういう形に表現すると、案外素直に出せる。
 Iは私がこういうのをするようになったことを知らない。だが、ロマンチストだったはずのIだから、こういうのも嫌いではないと思う。

 Iを知る皆にとって、Iは永遠の存在として心に残っていく。

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